衝撃的な内容で、今までの価値観が覆されました。
多様性、LGBTQ、誰もが生きやすい世界、といった言葉にポジティブなイメージを持っている人にこそ読んでほしい小説です。私自身がその一人だったのですが、これを読んで、自分の無自覚さに愕然…。考えさせられることが多すぎて、読むのに精神力が要りました。それでも続きが気になってとまらず、2日で読み終わりました。
あらすじ
(紹介文引用)
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。
読んだ感想
※この衝撃をどうしても書き留めておきたく、本の内容に細かくふれて感想書いてます。
完全にネタバレあります
まず、夏月の特殊性癖が判明した時、絶句しました。え…?って。
自分の想像を超える種類の人間がいることに、薄ら寒さすら感じてしまいました。なんかちょっと…エイリアンとか、別の生き物、といった言葉まで浮かんでしまって。それくらいの衝撃でした。でも、その時、気が付きました。あ、これ差別意識だ、と。私は、今、差別意識を感じていると。
一方、それに対比して描かれる八重子達の悩みがごくごく一般的で、もちろん本人にしてみれば深刻でつらい悩みなのは理解できるのですが、結局は人に打ち明けられる程度のもので、私も共感できる悩みなんです。そんな彼女らが、ダイバーシティだの繋がりだのと息巻いている様子が、夏月のあの衝撃の回の直後では、なんとも薄っぺらく、おめでたく見えてしまいます。
究極のマイノリティである夏月から言わせると、他者とその悩みを共有できること自体が恨めしくて羨ましいことであり、彼女の孤独を考えると心が沈みました。また、私自身が、本当になんにもわかっていない無自覚なマジョリティだった、と気づかされます。夏月や佳道らマイノリティによる、以下のような悲痛な鋭い指摘は今後も忘れないようにしなければ、と思わされました。
「多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。時に吐き気を催し、時に目を瞑りたくなるほど、自分にとって都合の悪いものがすぐ傍で呼吸していることを思い知らされる言葉のはずだ。」(p188)
「社会の多数派から零れ落ちることによる自滅的な思考や苦しみに鈍感でいられること。鈍さは重さだ。鈍さからくる無邪気は、重い邪気だ。」(p185)
中盤、絶望した夏月と佳道が偶然再会してから、読み手にとっても少し救いが見えてきます。
2人はお互い、唯一の理解者を得て、死のうとするのをやめます。彼らの心の変化に、読んでいる方も、思わずほっとしてしまいます。そこで思ったのが、人は、たった1人でも心を打ち明けられる存在がいれば生きられるんだな、ということでした。八重子たちも言っていた「繋がり」。人との心の繋がりって、人が生きるためにはどうしても必要なものなのに、そのたった一人を得るのにこんなにも苦労が必要な人達が存在している。
最後、佳道や大也が「児童ポルノ所持」で逮捕される結末は、最初のページから読んでわかっていたため、読み進めるにつれ、胸が痛みました。序盤の事件記事を読んだ時点では嫌悪感しかなかったのに、まさかこんな気持ちにさせられるとは…。でも、その中にもほんの少しの救いがあるんです。夏月と佳道が互いに、「いなくならないから、と伝えてほしい」と検事に伝えた場面は、思わず目が潤みました。絶望的な状況なのに、彼らは今までもっと絶望の人生を歩んできてきていて、今の方が唯一の理解者がいる、という事実に、希望に、胸が締め付けられました。
でも…。大也はどうなるんでしょう。彼がかわいそうすぎて、つらいです。まだ若いのに、最悪な形で社会にレッテルを貼られて。今後、唯一の繋がりである佳道夫婦や、もう少しでわずかな繋がりが生まれそうだった八重子とは、今後の人生、また会えるのだろうか。胸が痛くてたまりません。
ハッピーエンドとは言い難い結末でしたが、非常に価値観がゆすぶられ、考えさせられ、読んでよかった、むしろ読まないとだめだ、と思えるような本でした。