「生殖記」感想・レビュー

社会派小説

正欲を読んだ時のような衝撃はなかったものの、しっぽりと胸に深く刺さった本でした。主人公は、幼少期からの環境が原因で、普通の人のような前向きな世界観が皆無なのですが、彼なりの「しっくり」を長年真剣に模索し、人にも害を与えず、全うに生きていて、これだけで偉いと思いました。もし自分が彼だったら、どこかで生きるのを諦めていたかもしれない。彼が最後に辿り着いた「生きる意味」はもはや比類のない境地で、普通では考えられないようなものでした。ここまで独特な価値観をもった人間が、現実の世界にもいるんだろうか。いや、どこかにはいるんだろうな、そもそもヒトがどんな思いでどんな価値観で、どんな生き方を良しとしてるかなんて、外から簡単に見えるものではないのだから…と、つらつらと想像をめぐらしました。普段雑談をするあの人も、深くは知らないけど顔馴染みのあの人も、実はこの主人公のように、思ってもないことを穏やかに話し、演じているだけかもしれない…なんて。

本書の生殖器の目線から見たら人間も、ただの地球上の膨大な数の生物(小さな微生物含む)の一つで、種の保存を目指して生きている一個体です。なのに人間は知性なんてものがあるから、「私の幸せってなんだろう」などと際限なく悩んでしまう。

特に心に残った箇所を一つ、本文から引用します。

「やっぱりね、走っていたほうが楽なんですよ。“生産性がない人なんていません”が、素敵な言葉として響く世界では、拡大、発展、成長のレールから降りられないよう、自分で自分を追い込んでいる方が、むしろ健やかに生きることができるのでしょう。そういう意味では、次世代固体って1番有効な監視カメラですよね。育成しなければならない次世代個体がいる以上、親個体は走ることをやめるわけにはいきません。幼体のあの2つのつぶらな瞳こそ、共同体感覚に発破をかけてくれる超高性能のレンズなのです。」(「生殖記」朝井リョウ著 本文より引用)

…いや、ほんとその通りです…。自分もヒトとして子育てを行う親ですが、そしてかつては「結婚とは?」「子供をうむべきか?」「幸せとは?」などと、ある登場人物と同じようなことを考えた時期もありましたが、こんな高い視座からの指摘を受けると、一生懸命生きてる(つもりの)自分の毎日も、ただただ共同体感覚に発破をかけられて健やかに”生かされてる”だけなんだろうな、と、なんだかぐうの音もでない感覚になりました。興味深かった。

やっぱり、朝井リョウさんの本は面白いです。

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