「青を抱く」感想・レビュー・あらすじ

BL小説

これは、同性愛を取り扱っていますが、商業BLのジャンルとは方向性が異なる、かなり文学よりの読み応えある作品だと思いました。なので、こちらのカテゴリーで紹介しています。

あらすじ(本書紹介文より引用)

静かな海辺の街で暮らす和佐泉は、日課の海岸散歩中に出会った男の風貌に思わず息を飲む。海難事故に遭い、2年間目を覚まさない弟の靖野にそっくりだったからだ。長期休暇でしばらく滞在していると言うその男、宗清の人懐っこさや率直な好意に反発しながらも惹かれていく泉。しかし、泉には宗清の想いを受け入れられないある理由があった……。

感想(ネタバレ無し)

まず、登場人物である宗清の、言葉、行動の端々から滲み出る包容力や、泉に対する率直な好意が魅力的で、宗清と泉の関係の変化を追うのが、楽しみの一つでした。ただ同時に、「植物状態の弟の介護」という重いテーマが小説の中心に据えられおり、恐らく当事者にしかわからない、泉や家族の心情が、筆者の高い筆力で繊細に、丁寧に書かれていて、決して軽い気持ちで読めるものではありませんでした。

後半に明かされる新事実は、完全に想像の斜め上で、前半の微妙な違和感(なぜ泉はこうも頑ななのか?)も解消され、やがて静かな感動がありました――。自分のもつ共感力の境界線を、否応なく押し拡げられたような、読み応えのある作品でした。読後感の良い、感動的な恋愛小説です。

詳しく感想(完全ネタバレあり)

まず、苦しみの中にいる泉のこの言葉が胸に刺さった。『「いつ誰の身に何が起こったっておかしくない」という人生の大前提を、現実として思い知ってない人の言葉だと思うと、苦しい。俺だって「そっち側」にいたんだよ、と言いたくなる』(本文より引用)「経験した者にしかわからない思いがある」のだという、当たり前のことを突きつけられました。

そんな泉に対し、宗清はほとんど躊躇うことなく彼の心の内側に入り込み、ケアしようとします。そんな宗清に、私は始め、彼自身もお母さんの死を身近に体験したからこその包容力と、率直に好意を伝える明るい性格を読み取り、たびたびキュンとしていました。(ですが、実は彼にはもっと深い理由がありました…)

後半から、一気にストーリーが動きます。弟(靖野)が水難に遭う前日、泉に告白していた事実を知った時、それまでの泉の態度に、ようやく納得がいきました。(明らかに宗清に惹かれていたのに、彼のあまりにも頑なな様子に違和感を感じていました)それと同時に、「え、兄弟同士で?」という、自分の中の常識線を越えられたような感覚がありました。さらにさらに、泉の母親と宗清の母親が昔、愛し合っていた仲で、なんと互いの子を交換していたという新事実――。え、そっち?!?!その可能性は全く予想していなかった!(宗清と靖野の父親が同じという線が早くに消されていたので)。そして、第二回目の、自分の常識線を越えられたような感覚。赤ちゃんを取り替える――??――でも、そのあと、妙に納得してしまいました。女性同士が本当に愛し合っていて、どうしても別れなければならないなら、絶望の中で、ならば相手の産んだ子を愛して育てたい―――。そういう感情になることもあるのかもしれない。ただ自分が経験していないから想像しにくいだけで。ふと、そう思いました。そもそも、人間とはそう単純なものではなく、自分が共感できる範囲の「他人の感情」など非常に限られているのだろう、とこの時感じました。

ですが、靖野が不憫です。兄の泉とは血が繋がってないのに、そんなことはつゆ知らず、人知れず泉への想いを抱え、苦しんでいたかもしれないなんて。…いやいや、それ以上に可哀想なのは泉か。自分のせいで愛する弟が自殺を図ったのかもしれない、答えを聞きたいのに、もう2年も弟が目覚めない。…これはもう生き地獄。どれ程辛かっただろう。宗清は泉にとって救いになったけど、でもそれは目覚めるまでの期間のほんの後半で。

それにしても、血の繋がりとは不思議です。靖野と宗清は会ったこともなかった兄弟で、2人とも同じ人、泉を愛してしまった。そして、その母親同士も愛しあう仲だったとは。ストーリー展開として、これは馴染みのない目新しいものでした。

そして、一番最後の、宗清の(育ての)お母さんから泉の(育ての)お母さん「きいちゃん」に宛てた、亡くなる直前の手紙には、うるっときました…。彼女はきいちゃんを今も愛していて。彼女たちにもまた、泉と宗清たちのような、濃い、2人だけのストーリーがきっとあったのだろうな…と思わされる最後でした。素敵な小説だった。

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